もの思う葦

本日7月22日は異色の日本画家、田中一村(1908年7月22日-1977年9月11日)の生誕110年目の誕生日でした。私が好きな画家のひとりです。千葉県出身ながら、中央画壇の雰囲気やマスコミ、評壇を嫌って奄美大島に移住し、南の島の植物や鳥など自然をモティーフにした鬼気迫る、細密画のような日本画を残した人です。アンリ・ルソーを日本画にしたような感じ、といったら少々、異論も出るでしょうが、彼の作品を全く観たことがない人に作風を説明するのにまずは適当な比喩です。

生前はほとんど中央画壇に認められず、無名に近い存在でしたが死後、急速に再評価が進みました。ネットで作品を観られますので、ぜひご覧になって下さい。

田中一村のことを私に教えてくれたのは私が大学2年の時、たまたま飛び込みで泊まった信州木曽は開田高原にあるペンション「山荘きっこり」のオーナー安田佐一郎さんでした。安田さんは大阪出身で大阪大学でフランス文学を専攻された方ですが、ある思いがあって信州に移住、霊峰、御嶽山の麓にペンションを構え経営の傍ら、こつこつと詩を書き続けた人です。2002年に安田さんが57歳の若さで急逝するまで、私はそのペンションに春夏秋冬、数えきれないほど出入りし(幸い、そこにはアップライト・ピアノがあったので)、作曲の仕事もそこでずいぶんさせて貰いました。・・・ある秋の夜、ストーヴの傍らで安田さんは私に一村のことを教えてくれ、「河内くんは一村みたいになればええんよ」と言いました。その言葉の含意は一言では言い切れないほど深い意味があったと思いますが、安田さんは一村に自分の芸術家としての理想像を重ね、またそれを私に重ねたのだと思います。私への最大、最高のエールとして今でも心の支えにしています。

七月

先週、本来なら七夕を祝う頃、西日本を中心に襲った豪雨により大きな被害が出ました。被害を伝えるテレビの映像を見る度、胸が痛みます。なぜか3.11の時の映像と重なってしまい、一層、辛く感じます。大地震はそう度々起こるものではありませんが、この数年、地球の天候は激変しており、日本では大雨による土砂崩れ、堤防の決壊による災害が各地で頻発しており、今後もこうした災害は増えてゆくでしょう。これも温暖化の影響なのでしょうか、それとも地球が大きな変化の時期に差し掛かっているのでしょうか。狭いながらも美しい日本の国土が傷ついてゆくのを見るのはとても悲しいです。今回の災害で被災された方々のために私も自分に出来ることをする。

桜桃忌/太宰、ラヴェル追記

前のブログに私は太宰治が自身の短編小説の中で僅かではあるものの、モーリス・ラヴェルについて書いていることが戦前(太平洋戦争前)という時代を考えるとすごい、という意味のことを書きました。

でも、これを今の時代で考えると、例えば村上春樹が武満やシュトックハウゼンについて書いているようなもの(氏が実際に書いているかどうかはわかりませんが、ジャズとともに相当なクラシック・ファンである氏はもちろん、武満もシュトックハウゼンも他の現代音楽も知っているでしょう)かもしれません。

戦前と今とでは情報が世界を飛び交う量や速度もたしかに天と地ほどの差があるでしょうが、しかしだからといって戦前の日本が全く文化的に閉塞的な状況だったと考えるのはある意味、あの時代への偏見であり、誤解でありましょう。世界的な音楽家、文化人が多数来日し、伊福部昭の作品がヨーロッパでチェレプニンに認められ賞をとる。そしてそのことが新聞に大々的に報じられる。むしろ現代のマスコミの方が新しい芸術、特に現代音楽に対して冷淡で排他的、保守的、無教養といってよいのではないでしょうか。

考えてみれば帝大仏文科の学生(ほとんど出席していなかったものの)で新しもの好き、ええかっこしいの太宰は最先端の芸術に触れる機会はあっただろうし、音を聴いたかどうかは別としてとにかく当時の最新の音楽について知っていたのです。それで一種の文化的ポーズ、知的ファションとしてラヴェルの名前を引き合いに出した・・・ありそうな話ですね。ティーンネージャーが最新の音楽情報を語るように(笑)。

本日は桜桃忌でした。

梅雨の季節になりました。世間はサッカー・ワールド・カップで日本が一勝し、大騒ぎ。

さて今年は太宰治の没後70周年でテレビでもいくつか特集をやっているようです。今日はその死を悼むの日、桜桃忌。実際に亡くなったのは6月13日ですが、玉川上水に入水し、その遺体が上がったのが奇しくも誕生日の19日だったので、夏の季語でもあり、太宰自身の短編のタイトルでもある「桜桃」に因み、6月19日は桜桃忌と名付けられました。

私の住む府中市のお隣、三鷹市は太宰治が長く住んでいた町で、お墓も三鷹にあります。小説「東京八景」に登場する中央線の三鷹電車区の上を通る長い陸橋は今も健在です。あそこから夕陽を眺めて太宰の真似をしたことも一度や二度は(笑)・・・因みに遺体が上がった場所は私が通っていた明星学園高等部の校門付近で、私が高校でお世話になった保健体育の教諭、柳沢先生は若いころ、ちょうど宿直の夜勤明けの朝に、その現場を目撃したそうです(このことは猪瀬直樹のノンフィクション小説「ピカレスク」でも言及されています)。「・・・上水脇の草むらに太宰さんは仰向けに寝かされていて、細くて高い鼻がきゅっと上を向いていたのがすごく強烈に記憶に残っているなぁ・・・」と柳沢先生は語っておられました。

私は(たぶん多くの太宰ファンと同じく)十代から断続的に心酔と拒絶を繰り返しながら太宰文学のほとんどを読み続けてきました。今でも昔ほどではないにせよ、時々読み返します。好きな作家、わが生涯の作家、そう言っていいと思います。そういう作家は日本文学の作家では太宰治と堀辰雄だけです(太宰と堀は全く個性が異なり接点もありませんね)。作曲家に喩えて言うと、グスタフ・マーラー(太宰)とモーリス・ラヴェル(堀)のようなものかなぁ(え?全然違うって?)

因みに太宰の短編小説の中にモーリス・ラヴェルに僅かながら言及されている箇所があります。あの当時(戦前)、紛れもない当時の現代音楽であったラヴェルについて、曲がりなりにも何か語れる太宰ってやっぱりすごい人だったんだなぁと改めて思います。

旋律を書く、ということ。

5月ですが、もはや夏と言ってもよいほど暑い日が続いています。皆様お変わりありませんか。

最近私はアメリカのポップソングの作曲家でミュージカルをたくさん作曲したアーヴィン・バーリン(1888-1989)という人の歌が好きであれこれ探して聴いています。ミュージカル「アニーよ銃をとれ」やホワイト・クリスマスの作曲者といえば「ああ」とうなづく人も多いでしょう。彼の書いた旋律はジャズ・ミュージシャンも好んでセッションのテーマとして取り上げています。同時代の作曲家で彼と同じユダヤ系ロシア移民のジョージ・ガーシュインをして「アメリカのシューベルト」と言わしめたほどのメロディ・メーカーです。

さて20世紀の作曲家でメロディ・メーカーの名に恥じない存在と言ったらバーリンやガーシュイン、ニーノ・ロータ、ミシェル・ルグラン、フランシス・レイ、ポール・マッカートニーくらいでしょうか。あとラフマニノフも一応、20世紀の作曲家に入れてよいのかな。・・・坂本龍一や久石譲さんも偉大で私は好きだけれど、この二人をメロディ・メーカーと呼ぶには前出の人々はほとんど神の領域に位置しており、申し訳ないけど質量ともに敵いません(特に坂本教授はもともと旋律を積極的に書く、という気がそのキャリアの最初からなかったのではないか、と作品を聴きながら常々感じています。少ない音素材をひっくり返したり裏返したり入れ替えたりして何度もリサイクルしている、という印象で、そういう意味では本質的にミニマリストです。しかし天才には違いありません)。

20世紀後半のいわゆる芸術音楽(まあ、現代音楽のことですが)の主流派は旋律を過去の遺物と否定してきました。そしてその代わりに人々の歌いたいという欲求には映画音楽やポップ・ミュージックの作曲家(あるいはシンガー・ソング・ライター)が応えるという構図がいつしか出来上がりました。そして芸術音楽(この言い方は好きではありませんが)の分野で明確な旋律を書くと「映画音楽みたいだね」とか「劇伴をやったら?」と言われるようになります。こうした発言の背景には映画音楽やポップ・ミュージックに表面的には敬意を示しているふりをしつつ、実は享楽的で現代音楽より一段下がったもの、という意識的・無意識的な蔑視があり、現代音楽こそがピラミッドの最上位である、という、とんでもない勘違いがあります。私はこれは大変、不健全なことだと思っています。

しかし武満徹さんが「ほんとはジョージ・ガーシュインみたいな作曲家になりたかった」と述べたり(じゃあ、なんで書かなかったの?と反駁したくなりますが)、ポーランドの作曲家ヴィトルト・ルトスワフスキが晩年、武満氏に「われわれ作曲家はもっと旋律について真剣に考えるべきで新しい旋律を生み出す努力を惜しむべきではない」と語ったりと、旋律について真摯に取り組む作曲家が少なからず存在します。

私は前述のビッグ・ネームたちの足元にも及びませんが、やはり、旋律・・・しかも美しい旋律、さらには過去の繰り返しではない新しい旋律を書く努力を怠っていません。結果的に表される形がどんなものであれ、歌う、ということはやはり音楽の基本だと思います。

とは言え、時代は変わりました。ポップ・ミュージックと現代音楽の垣根は無効になりつつあります。これからは歌いたいことを歌いたいように歌えばよいのです。Singing in the rain!

もの思う葦

4月も後半。初夏のような日もある。つい先月、雪の知床半島を旅したばかりなのに。まもなく雪で長く閉鎖されていた知床峠も開通することだろう。

その、先月の北海道の旅だが、知床の雪原を歩いて、ふと見上げると霧が南風に吹かれて羅臼側からウトロ側へと知床連山を越え、滝のように流れ下ってくる様子を見て「ああ、私が音楽でなすべきことはこのようなものだ」と確信する。・・・つまり、むこう側から吹いてくるもの、聴こえてくるものを楽譜に書き取り、こちらの世界に伝えること。見える世界と見えない世界との間に通路を作り、むこう側の風をこちらに入れること。他の人々のことはわからないが、少なくとも私にとって音楽を作るとはそういうものだ。もちろん、私の力は無に等しい。しかしふたつの世界を結ぶ努力は必ず、誰かの幸せにいつか、つながる。

暑さ寒さも・・・

春分の日、関東は冷たい雨、ところによって雪でした。こうやって寒さが戻りつつも季節は春に向かっています。

先々週、私は北海道にいました。この時期の北海道は天候が変わりやすく、旅行するのに決して適しているとはいえないのですが、つい先日行ったコンサートがうまくいったことへの自分へのご褒美と気分を一新してさらに新しい作品のアイデアを練るための旅を計画しました。

早春というよりいまだ厳冬の知床半島の雪原や森のなかをカンジキを履いてガシガシと音をたてて歩き回ってきました。海を見るとまだびっしりと流氷が集結しています。知床の雪の森を歩いていると、(比喩ではなく、明らかに)何か木に宿っている、と感じます。雪を頂いた知床連山(羅臼岳など)を見上げると、それは間違いなく、神々の山、という気がします。羅臼側の海から南風に乗って霧の帯が山頂を越えウトロ側へと滝のように山麓へと下ります。その神々しさを言葉でうまく表現することはできません。

私のような普通の人間でもこのように感じるのですから、古代の人々が自然の中に神々が宿る、自然こそが神である、と考えたアニミズムの感じ方は人間としてごく自然、当たり前のことだと思います。

知床は雪が融けたころにまた訪れたいと思います。クマに出くわすかな?

しばらく旅へ

明後日からしばらく北海道へ行ってきます。ここ一年くらい体調が優れなかったこともあり、ずっと旅らしい旅をしていませんでしたが、元気になったのと、たまたま時間が作れたので行って参ります。北海道はいまだ天候が荒れているらしく、新千歳まで飛行機は飛びますが、道内の交通網はまだ一部運休のため、札幌市内で鉄道の運行状況を見ながら行けるところまで行ってみるつもりです。

既にいくつか暖めている新曲の構想や新しい曲のアイデアを練ってくるつもりです。北海道の冬はそこに住んでいる人は大変でしょうが、北の大地の冷たく澄み切った空気が私は大好きです。

 

 

デューク・エリントン

スウィング・ジャズの巨匠、デューク・エリントンは来年、生誕120年。言わずと知れた「A列車で行こう」「ソフィスティケイテッド・レディ」「スウィングしなけりゃ意味ないね」など代表曲は数えきれない。ところで私が好きな作曲家にフランスのオリヴィエ・メシアンがいるが、今年は生誕110年。エリントンとメシアンの年齢差は11歳。ただそれだけ。別にそれ以上、言うことはない。二人が出会ったという記録もない。表面上の接点はどこにもない。

さて、武満徹さんが初めて渡米した折、彼を招待しアメリカでの生活をオーガナイズした側からの「誰に師事したいか」との質問に「デューク・エリントン」と答えたことはかなり有名なエピソードで、なおかつ質問した側は冗談かと思い本気にしなかった、というオチ(?)もよく知られている。立花隆さんの武満徹に関する評伝の中で武満さんはかねがね、メシアンの音楽をJazzyだと感じており、さらにメシアンの作品のなかにデューク・エリントンと全く同じフレーズを発見し、そのことをメシアンに(誉めるつもりで)伝えたところ、メシアンは大変怒ったという話が書かれている。メシアンの音楽は基本的に様々なモードで書かれた音楽である。エリントンもモードを使い、当時としては驚くべき先鋭的なハーモニーを使い、(当時まだ)ポップ・カルチャーの花形であったジャズという文脈のなかで非常に実りある仕事を残した。二人の作曲家は畑こそ違うとはいえ、豊かな大地にしっかりと根を下ろし、太い幹を育て、日に向かって枝を伸ばし、多くの実をならせたのである。今の現代音楽のほとんどは大地に根をおろしていない。コンクリートの上に造花を無理やり接着剤か金具でとめているだけのようである。開発、発展、進歩の名のもとに自然を破壊している今という時代をよく反映している。そういう意味では確かに「現代音楽」ではある。

昨夜、大変疲れて帰宅して、ふとデューク・エリントンのことを思い出し、ディスクを取り出して聴いた。名作「ソリテュード」。乾いた心、魂の隅々にまで音楽が染みわたってゆくのを感じた。

コンサートのおしらせ

前にもご案内しました通り、来る2月26日(月)東京オペラシティ・リサイタル・ホールで私の作品が初演されるコンサートがあります。午後6時開場、6時半開演です。皆様、お時間ございましたら、ぜひお出で下さい。コンサートのオープニングやアンコールに向いているような3分前後の新曲を、とのコンセプトで20人の作曲家が書き下ろしました。いわゆる小難しい(?)ゲンダイオンガクとは一味違ったコンサートです(とはいえ、どんな作品が登場するかは今の段階で私にはわからないのでなかには小難しいものやトンデモない曲もあるかもしれません。聴いてのお楽しみ、まるでびっくり箱みたいな内容ですね)。私はハープ独奏の曲を書きました。いま注目の新進ハープ奏者、鈴木真希子さんが一生懸命練習してくれたおかげで(作曲者の私がいうのもなんですが)なんというか本当に、小さな宝石のように素敵な作品に仕上がっています。どうか聴きにいらして下さい。2月26日、関東地方はどうも雪の予報が出そうな気配でちょっと心配ですが・・・。

〈現代の音楽展2018〉第2夜

ショートコンサートピース展

制作:赤石直哉・佐藤昌弘・森垣桂一

2018年2月26日(月)18:00開場/18:30開演|東京オペラシティリサイタルホール

コンサートのオープニングやアンコールにピッタリな

演奏時間3分以内のショートピース新作20作お披露目!

 

中村典子/伊福 inspirare[抄] 原島拓也(フルート)

河内琢夫/春のソナチネ 鈴木真希子(ハープ)

伊藤高明/DADA“B” 石橋友里恵(サクソフォン)

正門憲也/遊戯第25番「Fuji no yama」 阿部美幸(フルート)鈴木真希子(ハープ)

門脇治/AXONS HOPE 阪越由衣(サクソフォン)

高嶋みどり/湖畔にて… 鈴木真希子(ハープ)

赤石直哉/Torso B 秋元茉里(フルート)

木幡由美子/Beautiful days 太田愛美(オーボエ)黒田哲平(ピアノ)

くりもとようこ/モノローグ 井田千晶(バスーン)大月美季(ピアノ)

浅野藤也/ARIOSO 鹿又寒太郎(オーボエ)寺根佳那(ピアノ)

板津昇龍/Little Presents 5 岩間早香(フルート)澤田まゆみ(ピアノ)

橋本信/Distant afternoon 井田千晶(バスーン)臼木麻祐子(ピアノ)

木下大輔/シチリアーナとジーグ 太田愛美(オーボエ)根岸裕子(ピアノ)

松尾祐孝/Fragmental Breeze 吉川裕之(クラリネット)河合丈則(ピアノ)

北爪やよひ/揺れうごくバランス 西村薫(クラリネット)

森田泰之進/瞬息II 内山貴博(フルート)鈴木真希子(ハープ)

ロクリアン正岡/小節連続姦通犯的アルトサックス 吉尾悠希(サクソフォン)

露木正登/アラベスク 鈴木真希子(ハープ)

水野みか子/モザヴァン 井田千晶(バスーン)

佐藤昌弘/Interlude II 谷川柚衣(フルート)鈴木真希子(ハープ)

※演奏順は予定であり、変更となる場合があります。

 

 

■チケット(全自由席)
前売一般 2,500円
※未就学児はご入場になれません。

東京オペラシティチケットセンター
[電話受付]10:00-18:00
03-5353-9999
[カウンター受付]11:00-19:00
東京オペラシティビル3F

日本現代音楽協会
[電話受付]10:00-17:00
03-3446-3506
[メール受付]
gendai2018(a)jscm.net

 

【主催】日本現代音楽協会(国際現代音楽協会日本支部)
【協力】公益社団法人日本演奏連盟
【助成】公益財団法人三菱UFJ信託芸術文化財団
【後援】一般社団法人日本音楽作家団体協議会(fca) 一般社団法人日本作曲家協議会