月別アーカイブ: 2017年9月

まもなく10月

今年の夏は暑かったですが、ようやく秋らしくなりました。

突然、降って湧いたような衆議院選挙。いまなぜこの時期に?とみんなが思っています。そのはっきりした意図は計りかねますが、政治素人の私にも・・・いや素人だからこそわかることがあります。次の選挙は投票率こそ低いでしょうが、自民党が圧勝します。私は特定の政党や議員を支持していない、いわゆる世の中にたくさんいる無党派層の一人ですが、自民の圧勝は保証します。なぜならいま、この国際的に微妙な時期に誰が政権交代を望むでしょうか。もっと安定した時期だったらお試し期間ということで小池サンに望みを託してみようか、という気になるかもしれません。都政ならそれでもよかったのですが、国政となると外交もありますので、そう簡単にはゆきません。

因みに民進党はこの選挙で終わりです。旧民主党政権時代の失政につぐ失政で、もうかの党に政権を任せようという人はいないでしょう。それに旧民主党は政権を取ったタイミングも悪かった。東日本大震災がなかったら、もう少し長期政権になって、そこでの実績がその後の評価につながったかもしれません。運が悪かったわけですが、運も実力のうちです。

私は政権与党というものは保守的でよいと思っています。そして優れた(優れた、ですよ)野党があれこれ監視の目を光らせ、与党の動向を補正し時にはサポートしてゆくのがあるべき政治だと思います。「おれ、反体制」とかっこつけても、体制がしっかりしていなければ反体制も存在しえないのです。

テレビニュースでは選挙関連の報道が盛んになり始めていますが、政治とはいずれも狐と狸のばかしあい、数の調整なのだな、と見ていてばかばかしくて深い無力感に襲われます。政治とは芸術のもっとも対極にあるものでしょう。

それで思い出しましたが、昔ある左翼系の音楽家が「音楽家の政治参加」を音楽家に向かって呼びかけたことがあります。何をもって「音楽家の政治参加」とするのか、その定義もあいまいで、提唱者すら自らその定義をはっきり行っていませんでした。いずれにせよ「政治」の意味も「音楽」の本質も全く理解していない、非常に愚かな、たとえ若気の至りと多少、情状酌量の余地があったとしても、全く馬鹿丸出しの発言でした。