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十月

昨日、新潟に行って来ました。来月、11月9日に新潟在住の作曲家、演奏家の皆さんが集って行われるコンサート「越の風」Vol.7に私も招かれ、新作を発表することになりました。それで昨日はそのリハーサル立ち会いで新潟の内野という場所まで行きました。この「越の会」は新潟在住の作曲家、小西奈雅子先生が主宰されているもので今回が7回目になるそうです。私のほか、日本作曲家協議会に所属する数人の作曲家(何人かはよく存じ上げている方たちです)と新潟在住の新進気鋭の作曲家のみなさんの作品を新潟を中心に活動する優れた演奏家の方たちが演奏するコンサートです。

私の作品はマリンバ連弾といくつかの打楽器のための作品です。性格的小品を集めた組曲のような構成の作品で、全曲通して演奏するのは今回が初めてとなります。演奏はマリンバ奏者、パーカッショニストの本間美恵子さんと倉澤桃子さんです。二人ともとても優れた音楽家で、熱心に練習してきてくれました。打楽器はピアノやヴァイオリンなどとは違って場合によっては奏者が自分で楽器に手を加えたり、事と次第によっては自ら楽器を作らなくてはならない場合があります。お二人は私のイメージに沿えるよう、いろいろ工夫して下さり、ただひたすら感謝、感謝です。

コンサートは11月9日(金)18:30開演/会場は新潟市芸術文化会館スタジオA

一般:3,000円/シニア・大学生2,500円/中高生2,000円/小学生以下無料

また近くなったら詳しい情報をお知らせします。

お近くにお住まいの方はぜひお出かけ下さい。

人類が永遠に繁栄すると思っていませんか?

非常に強い台風がまた日本列島に近づいている。南の海では既に次の台風が生まれ発達している。何の因果か、台風の進路にたまたま、と言おうか折悪しく横たわっている日本列島。今年はこれでもか、これでもかと台風、豪雨そして地震と多くの自然災害に見舞われ、被災した人、犠牲になった人が出ている。

前にも書いたが、もとより自然現象に善悪(の意志)はない。全てが物理的な因果応報。起こるべくして起こっているだけだ。自然を前にして人間はあまりにも小さく、無力である。しかし地球温暖化は間違いなく、人間がこの50~100年の間に起こしたことのツケによるものだ。にも関わらず、大国アメリカの大統領はそれを認めず、その国に頭の上がらない日本の政権とそのリーダーも真摯にこの問題に取り組もうとしない。だいたい、これだけ自然災害の多い国に原発は多すぎるだろう(と言っても、私は大嫌いな左翼と共闘する気はないよ)。

自然・再生可能エネルギーは日本の技術力をもってすれば不可能ではないし、新しい市場開拓の可能性もあるのに、なかなか進まないのはきっとエネルギー産業はどこかの組織の既得権益が絡んでいるからだろうね。

それともうひとつ。狭い日本の国土に原発、そしてこれ以上誰が何を急ぐ必要があるのか、やたら新幹線と通したり、空港を作ったり、高速道路を作ったりと日本の自然を傷つけていること、さらにこの上、なに、リニアだ?・・・ゼネコンに儲けさせるための政策という考えはあくまで表層的なもので、私はこの一連の動きにはもっと日本人の深層心理が関わっていると思う。私はこれを日本の土地への巨大なリスト・カットだと思っている。リスト・カットとは主に若い女性に多い自傷行為のことである。手首をカッターで切る。一歩間違えれば死ぬ、いわば慢性的な自殺(未遂)行為である。いま日本はこれと同じ状態にあると私は思っている。政治思想の左右は関係ない。国家レベルの情緒不安定、自己肯定感の著しい欠如・・・私にとって右翼も左翼も基本的に同じものの表と裏である。

鈍感な世の政治家たちが真剣に温暖化に取り組むことを決意するにはあとどれくらいの犠牲が必要なのだろう。トランプ、アベ、シューキンペイ、プーチン、みなタコである。

人はみな、いつかは必ず死ぬ。私は人類が滅びることに特別な感慨はない。みな覚悟せよ。人生あきらめも肝心である。

以上、身も蓋もない結論である。

新作へ。

西日本の水害と台風、北海道の地震で気持ちが乱れた数週間でした。特に個人的には北海道は度々訪れ、作曲のアイデアを貰ってきた大切な場所だけに心が痛みました。

ともあれ、新作に取り組んでいます。新作のアイデアはいくつもあるのですが、いま手がけているのはヴァイオリンとピアノのための《2つのクラフト・ワークス》という作品です。クラフト・ワークとは直訳すれば工芸品というくらいの意味ですが、この作品はいにしえびとが作ったヴィーナス像と現代の彫刻作品の二つのクラフト・ワークスにインスパイアされた一種の組曲です。作り手知らずの、いにしえびとが作ったヴィーナス像とは北海道知床半島で出土した縄文期の作と言われる女性の彫刻で「オホーツクのヴィーナス」と呼ばれています。これにインスパイアされた曲を第一楽章に置き、現代カナダ先住民の彫刻作品「太鼓をたたく人」にインスパイアされた曲を第二楽章に置きます。

そして第一楽章「オホーツクのヴィーナス」を今回の北海道地震へのお悔みとして北海道の土地とそこに住む人々、動植物に捧げたいと思います。

忘却こそ最大の災害

自然災害の知らせが相次いで、もうどれがどれだったか自分の中で情報も気持ちも混乱している。西日本の豪雨、近畿地方の地震、台風21号の被害、そして今回の北海道の大地震。それぞれに被災された方、亡くなられた方々がいる。今も救援を待っている人達がいて、生活を突然奪われて途方に暮れている人達がたくさんいる。

怖いことに、テレビというものは一時しか報道しないし継続的にその案件の経過を追うことをしないので、台風21号で関空の機能が停止した、連絡橋にタンカーが激突して数千人が空港に孤立した、今度は北海道で強い地震だ、と目の前の出来事に次々と目を奪われているうち、その前に広島地方周辺を襲った豪雨による土砂崩れ、堤防の決壊があったこと、その復興はまだまだ遠いことを忘れてしまう。さらに言えば、熊本地震だって、もっと言えば東日本大震災の復興だって、まだまだ、だ。

地球の気候がこれまで全人類史上、経験したことのない規模で急変している。大型台風が来て、地震が起きて、これだけ災害が起こったから、もう、これでお厄免除、この後、何も起こらないだろう、なんてことあるわけがない。自然に善悪(の観念)はない。これから毎年、大型台風は来るだろうし、日本周辺は地震の活動期に入っているのだろう。

地震は自然の起こすこと。しかし大型台風の頻発は間違いなく、地球温暖化によるものだ。ここ150年くらい貯めてきた人類のツケをいまここで支払うことになった。

次々と起こる災害になぜ?これ以上どうしろというんだ、という声が心の中で咆哮し葛藤している。しかし自然に善悪はない。起こることは起こる、起こらないことは起こらない。それ自体に意味はない。信仰の有無、種類に関わらず、私たちが何となく心にイメージしているような「神はいない」と私は断言する。ハイパーな意識体がいるとしても、それは私たちには想像もできないくらい巨大なもので、時に信じられないくらい冷酷なものだろう。「混沌」「無」「空」と「神」は同じものかもしれない、と最近、私は考え始めている。

東京オリンピックなんてやっている場合じゃない。もうやめようよ。その金を被災地に回そう。

8月も、もうすぐ終わり

8月15日より三日間、長野県の木曽は御嶽山の麓、標高約1,500mにあるペンション、山荘「きっこり」で過ごしてきました。このブログでは何度も取り上げている、私の知り合いの方が経営する山小屋です。ご主人が16年前にお亡くなりになってからは夏のほんの短い間だけの営業となりました。滞在中、九州地方を横断する台風の余波で雨ばかり降っていましたが、帰る日の朝、それまで降っていた雨がからりと晴れると、小屋のまわりの森はもう秋の気配。寒くてストーヴを出したくらいです。朝食後、御嶽山の登山口まで散歩に出かけました。奥さんが熊よけのベルを持ってゆくといいよ、と真鍮製(?)の、からんからんと鳴る鐘を貸してくれました。とっても素敵な音がする鐘で、それを片手に、からんからん、音を鳴らしながら山道を登ってゆきます。

木々の葉はまだ緑色ですが、空気は明らかに秋。森を吹き渡る風の音、鳥の声、こおろぎみたいな虫の声。澄み切った青い空・・・静かな時が流れます。そこへ私が鳴らす鐘の音。鐘は人工物ですが、音がよいせいか、自然を邪魔しているという感じが全くなく、それどころか、その鐘の音が森に消えてゆく、いわば音の軌跡を耳で追ってゆくと、私自身が自然の中へと吸い込まれてゆくような錯覚を覚えます。自然の中を歩くということは動的な瞑想かもしれません。

アメリカ映画「フィールド・オブ・ドリームス」の中である登場人物が「ここは天国か」と問うと主人公は「いやアイオワだよ」と答えるシーンがあります。その表現に倣うと、「ここは天国か・・・いや御嶽山だよ」。

この経験を作曲に生かせないかな、と思いながら帰路につきました。間奏曲「初秋にて」というタイトルにしようかな(少し陳腐?)。

もの思う葦

本日7月22日は異色の日本画家、田中一村(1908年7月22日-1977年9月11日)の生誕110年目の誕生日でした。私が好きな画家のひとりです。千葉県出身ながら、中央画壇の雰囲気やマスコミ、評壇を嫌って奄美大島に移住し、南の島の植物や鳥など自然をモティーフにした鬼気迫る、細密画のような日本画を残した人です。アンリ・ルソーを日本画にしたような感じ、といったら少々、異論も出るでしょうが、彼の作品を全く観たことがない人に作風を説明するのにまずは適当な比喩です。

生前はほとんど中央画壇に認められず、無名に近い存在でしたが死後、急速に再評価が進みました。ネットで作品を観られますので、ぜひご覧になって下さい。

田中一村のことを私に教えてくれたのは私が大学2年の時、たまたま飛び込みで泊まった信州木曽は開田高原にあるペンション「山荘きっこり」のオーナー安田佐一郎さんでした。安田さんは大阪出身で大阪大学でフランス文学を専攻された方ですが、ある思いがあって信州に移住、霊峰、御嶽山の麓にペンションを構え経営の傍ら、こつこつと詩を書き続けた人です。2002年に安田さんが57歳の若さで急逝するまで、私はそのペンションに春夏秋冬、数えきれないほど出入りし(幸い、そこにはアップライト・ピアノがあったので)、作曲の仕事もそこでずいぶんさせて貰いました。・・・ある秋の夜、ストーヴの傍らで安田さんは私に一村のことを教えてくれ、「河内くんは一村みたいになればええんよ」と言いました。その言葉の含意は一言では言い切れないほど深い意味があったと思いますが、安田さんは一村に自分の芸術家としての理想像を重ね、またそれを私に重ねたのだと思います。私への最大、最高のエールとして今でも心の支えにしています。

七月

先週、本来なら七夕を祝う頃、西日本を中心に襲った豪雨により大きな被害が出ました。被害を伝えるテレビの映像を見る度、胸が痛みます。なぜか3.11の時の映像と重なってしまい、一層、辛く感じます。大地震はそう度々起こるものではありませんが、この数年、地球の天候は激変しており、日本では大雨による土砂崩れ、堤防の決壊による災害が各地で頻発しており、今後もこうした災害は増えてゆくでしょう。これも温暖化の影響なのでしょうか、それとも地球が大きな変化の時期に差し掛かっているのでしょうか。狭いながらも美しい日本の国土が傷ついてゆくのを見るのはとても悲しいです。今回の災害で被災された方々のために私も自分に出来ることをする。

桜桃忌/太宰、ラヴェル追記

前のブログに私は太宰治が自身の短編小説の中で僅かではあるものの、モーリス・ラヴェルについて書いていることが戦前(太平洋戦争前)という時代を考えるとすごい、という意味のことを書きました。

でも、これを今の時代で考えると、例えば村上春樹が武満やシュトックハウゼンについて書いているようなもの(氏が実際に書いているかどうかはわかりませんが、ジャズとともに相当なクラシック・ファンである氏はもちろん、武満もシュトックハウゼンも他の現代音楽も知っているでしょう)かもしれません。

戦前と今とでは情報が世界を飛び交う量や速度もたしかに天と地ほどの差があるでしょうが、しかしだからといって戦前の日本が全く文化的に閉塞的な状況だったと考えるのはある意味、あの時代への偏見であり、誤解でありましょう。世界的な音楽家、文化人が多数来日し、伊福部昭の作品がヨーロッパでチェレプニンに認められ賞をとる。そしてそのことが新聞に大々的に報じられる。むしろ現代のマスコミの方が新しい芸術、特に現代音楽に対して冷淡で排他的、保守的、無教養といってよいのではないでしょうか。

考えてみれば帝大仏文科の学生(ほとんど出席していなかったものの)で新しもの好き、ええかっこしいの太宰は最先端の芸術に触れる機会はあっただろうし、音を聴いたかどうかは別としてとにかく当時の最新の音楽について知っていたのです。それで一種の文化的ポーズ、知的ファションとしてラヴェルの名前を引き合いに出した・・・ありそうな話ですね。ティーンネージャーが最新の音楽情報を語るように(笑)。

本日は桜桃忌でした。

梅雨の季節になりました。世間はサッカー・ワールド・カップで日本が一勝し、大騒ぎ。

さて今年は太宰治の没後70周年でテレビでもいくつか特集をやっているようです。今日はその死を悼むの日、桜桃忌。実際に亡くなったのは6月13日ですが、玉川上水に入水し、その遺体が上がったのが奇しくも誕生日の19日だったので、夏の季語でもあり、太宰自身の短編のタイトルでもある「桜桃」に因み、6月19日は桜桃忌と名付けられました。

私の住む府中市のお隣、三鷹市は太宰治が長く住んでいた町で、お墓も三鷹にあります。小説「東京八景」に登場する中央線の三鷹電車区の上を通る長い陸橋は今も健在です。あそこから夕陽を眺めて太宰の真似をしたことも一度や二度は(笑)・・・因みに遺体が上がった場所は私が通っていた明星学園高等部の校門付近で、私が高校でお世話になった保健体育の教諭、柳沢先生は若いころ、ちょうど宿直の夜勤明けの朝に、その現場を目撃したそうです(このことは猪瀬直樹のノンフィクション小説「ピカレスク」でも言及されています)。「・・・上水脇の草むらに太宰さんは仰向けに寝かされていて、細くて高い鼻がきゅっと上を向いていたのがすごく強烈に記憶に残っているなぁ・・・」と柳沢先生は語っておられました。

私は(たぶん多くの太宰ファンと同じく)十代から断続的に心酔と拒絶を繰り返しながら太宰文学のほとんどを読み続けてきました。今でも昔ほどではないにせよ、時々読み返します。好きな作家、わが生涯の作家、そう言っていいと思います。そういう作家は日本文学の作家では太宰治と堀辰雄だけです(太宰と堀は全く個性が異なり接点もありませんね)。作曲家に喩えて言うと、グスタフ・マーラー(太宰)とモーリス・ラヴェル(堀)のようなものかなぁ(え?全然違うって?)

因みに太宰の短編小説の中にモーリス・ラヴェルに僅かながら言及されている箇所があります。あの当時(戦前)、紛れもない当時の現代音楽であったラヴェルについて、曲がりなりにも何か語れる太宰ってやっぱりすごい人だったんだなぁと改めて思います。

旋律を書く、ということ。

5月ですが、もはや夏と言ってもよいほど暑い日が続いています。皆様お変わりありませんか。

最近私はアメリカのポップソングの作曲家でミュージカルをたくさん作曲したアーヴィン・バーリン(1888-1989)という人の歌が好きであれこれ探して聴いています。ミュージカル「アニーよ銃をとれ」やホワイト・クリスマスの作曲者といえば「ああ」とうなづく人も多いでしょう。彼の書いた旋律はジャズ・ミュージシャンも好んでセッションのテーマとして取り上げています。同時代の作曲家で彼と同じユダヤ系ロシア移民のジョージ・ガーシュインをして「アメリカのシューベルト」と言わしめたほどのメロディ・メーカーです。

さて20世紀の作曲家でメロディ・メーカーの名に恥じない存在と言ったらバーリンやガーシュイン、ニーノ・ロータ、ミシェル・ルグラン、フランシス・レイ、ポール・マッカートニーくらいでしょうか。あとラフマニノフも一応、20世紀の作曲家に入れてよいのかな。・・・坂本龍一や久石譲さんも偉大で私は好きだけれど、この二人をメロディ・メーカーと呼ぶには前出の人々はほとんど神の領域に位置しており、申し訳ないけど質量ともに敵いません(特に坂本教授はもともと旋律を積極的に書く、という気がそのキャリアの最初からなかったのではないか、と作品を聴きながら常々感じています。少ない音素材をひっくり返したり裏返したり入れ替えたりして何度もリサイクルしている、という印象で、そういう意味では本質的にミニマリストです。しかし天才には違いありません)。

20世紀後半のいわゆる芸術音楽(まあ、現代音楽のことですが)の主流派は旋律を過去の遺物と否定してきました。そしてその代わりに人々の歌いたいという欲求には映画音楽やポップ・ミュージックの作曲家(あるいはシンガー・ソング・ライター)が応えるという構図がいつしか出来上がりました。そして芸術音楽(この言い方は好きではありませんが)の分野で明確な旋律を書くと「映画音楽みたいだね」とか「劇伴をやったら?」と言われるようになります。こうした発言の背景には映画音楽やポップ・ミュージックに表面的には敬意を示しているふりをしつつ、実は享楽的で現代音楽より一段下がったもの、という意識的・無意識的な蔑視があり、現代音楽こそがピラミッドの最上位である、という、とんでもない勘違いがあります。私はこれは大変、不健全なことだと思っています。

しかし武満徹さんが「ほんとはジョージ・ガーシュインみたいな作曲家になりたかった」と述べたり(じゃあ、なんで書かなかったの?と反駁したくなりますが)、ポーランドの作曲家ヴィトルト・ルトスワフスキが晩年、武満氏に「われわれ作曲家はもっと旋律について真剣に考えるべきで新しい旋律を生み出す努力を惜しむべきではない」と語ったりと、旋律について真摯に取り組む作曲家が少なからず存在します。

私は前述のビッグ・ネームたちの足元にも及びませんが、やはり、旋律・・・しかも美しい旋律、さらには過去の繰り返しではない新しい旋律を書く努力を怠っていません。結果的に表される形がどんなものであれ、歌う、ということはやはり音楽の基本だと思います。

とは言え、時代は変わりました。ポップ・ミュージックと現代音楽の垣根は無効になりつつあります。これからは歌いたいことを歌いたいように歌えばよいのです。Singing in the rain!